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介護作文・フォトコンテスト

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平成21年度(第2回)受賞作品一覧

過去の受賞作品はこちら

写真

最優秀賞

「内緒話」

(愛媛県 津田 治さん)

 
優秀賞

「寿」

(福井県 山田 陽子さん)

優秀賞

「ぬくもり」

(鳥取県 森本 裕正さん)

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作文

最優秀賞

「朝顔の色」

(大阪府 丸山 数々美さん)

「ばあちゃんの様子がおかしか」突然の電話に、母が驚いた顔をしている。ほどなく、祖母は特養へ入所となった。

私が幼い頃母は仕事が忙しく、夏休みの度、佐賀の故郷、陶磁器の里にある祖母の許に私を預けていた。祖母の九州弁はさっぱりわからなかった が、末孫の私をとてもかわいがってくれた。緑茂る山々と入道雲が広がる青い空、もんぺ姿で畑から手を振る祖母を、飼い犬のブルと何処にでもついていった。 祖母に会える暑い夏が大好きだった。

にじむ汗がべっとりと服に付き、窓から入る強烈な日差しがため息を誘う。盛夏の午後、叫び声が施設中に響き渡る。はつらつと村の人気者だった祖母の面影は無い。 既に私の事も分からなくなっていた。今、目の前にいる空ろな表情をした人物が、日向の匂いがした大好きな祖母だと認めたくない気持ちと、得体の知れない恐怖を感じ、思わず目を背け、部屋を出た。

ふと、廊下に貼り出している朝顔のちぎり絵に目がとまった。祖母の名前が書いてある。 ちぎり絵は、私と祖母が「有田焼のごた」と、朝顔の中で一番きれいねと言っていた紫がかった青い色だ。びっくりして部屋に戻った。しわくちゃの手がベッド から伸びてきて、私を掴もうと指を動かす。「ちぎり絵、自分で色紙選んで頑張ったとよ」職員さんが微笑む。夏休みが終わり「大阪に帰りたくない」と泣き じゃくる幼い私に、庭に咲く朝顔の種をポケットに入れてくれた祖母は確かにここに居る。祖母の手を握りしめ、涙が溢れ止まらなかった。

現在、私は地域の相談援助を行っている。民生委員さんから電話が入った。「認知症のおばあちゃんがおれへん!」 きっと今日も、亡くなった旦那さんが利用していたバス停に向かったのだろう。バス停まで急ぐ。認知症になっても、本人の想いはきっとある。少しでも、表情 や行動から本人の想いを見つけるお手伝いをしたい。他界した祖母の朝顔の青は、いつまでも、私の中に鮮やかに残っている。
 
優秀賞

「あなたの笑顔に出会えたとき」

(岡山県 高本 美恵子さん)

「おはよう。今日はね・・・。」という声をかける一日の始まり。でもこちらに目をやるだけで口も真一文字、表情に変化もない。やっと口を開いたと言葉を待つと「バカバカ」の言葉が返ってくる。それでも嬉しかった。

瀬戸内海が一望でき、天気の良い日は四国まで見れるこの地にあなたが生活を始めて早三年。いつも車椅子に座って栄養を注入してもらっていたあなた。ある時、口についていた髪の毛を取ろうとした瞬間口を開けた。

「食べれる。」と感じ、口の訓練を始めた時、私の顔をにらみながら、出てくる言葉はやっぱり「バカバカ」だった。

「頑張って食べれるようになろうね。何が食べたい?」と声をかけている時、窓の外はトンボが飛び、すすきが風に吹かれ、さやさやと音をたて励ましてくるかのようだった。

「さあ、プリン食べようか。」ゴックンと上手にプリンを食べた時、あなたは「美味しい。まだ食べる。」と初めて感情を言葉にした。二口目 のプリンをスプーンにのせる時、私の手は震え、こぼれ落ちそうな涙でプリンが見えなかった。施設の裏山の木々が赤く染まりまるで喜んでいてくれるように思 えた。
「信じられません。医師から無理だといわれお腹にチューブが入っていたのに、ありがとうございます。」母娘で向き合い会話できる姿も増え、娘さんからの差し入れを食べる表情も穏やかになった。
食べるということを取り戻した日々の中、車椅子で座っているあなたが、初めて顔いっぱいに笑顔で話しかけてきた。「頭痛い?」私を気遣う姿に癒され、勇気づけられた。 浴衣を着て化粧をし、家族と夏祭りに参加、たらふく屋台の料理を食べたあなたの笑顔は花火の光に照らされ輝いていた。あなたと初めて会って一年半が過ぎた夜だった。
 
優秀賞

「うめぼし笑顔」

(新潟県 桾澤 綾香さん)

「う〜ん、おいしい。」と口を梅干のように、しわしわにすぼめながら、おいしそうに梅干を食べる祖母の笑顔。「おいしいから」と私にも、梅干を差し出す祖母の笑顔。ひとつ口にほおばり「すっぱい!」っていう私の顔を見て、また、笑顔になる祖母。 もう何個、梅干をほおばっているのだろう。私は「おばあちゃん、こんなに梅干好きだっけ?」と心の中で思いながら、母の顔を見る。母は「おばあちゃんの好きなように、食べさせてあげなさい。」と目で私に訴える。

八十三歳の祖母が、認知症を患ってからどのくらい経つだろう。

お正月に帰省していた私を「もう帰るの?」と今まで見たことの無い寂しそうな顔で送り出してくれた祖母が、その翌日、倒れ、入院した。
見舞いに行くと「上手になったね。」と料理上手の祖母が、料理下手な母の煮物を褒めながら食べていた。そして、口直しのように、梅干を口に入れる。「おいしい。」とまた、とてもしあわせな笑顔をふりまく。
二年ほど、入退院を繰り返し、お盆休みのお見舞いで、ベッドの中の祖母は、とても小さくなっていた。私は、あふれそうになる涙と戦いながら「また来るから。」とついに堪えきれなくなった涙を、病院のトイレに流した。
3日後の早朝、電話が鳴った。「おばあちゃん、今、亡くなった。」と父の声が受話器の向こうから聞こえた。あふれる涙で、私の顔は梅干のようにしわくちゃになった。

思い出に浸りながら遺品整理をした。押入れの中から、汚れた下着と崩れ行く自分自身の恐怖に怯えた「神様、助けてください。」と走り書きのメモが見つかった。 うめぼし笑顔の中に、遠慮と苦悩が詰まっていた。
 私は、今、介護の勉強をしている。祖母の介護ができなかったこと、祖母の苦悩を理解してあげられなかった後ろめたさを感じながら・・・。 もう一度、祖母のうめぼし笑顔を見たいと思う。今後は、介護職員として大勢の祖母のうめぼし笑顔を。

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